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酒井抱一筆「四季花鳥図屏風」周辺(六) [酒井抱一]

その六 「四季花鳥図屏風」(京都国立博物館蔵)

酒井抱一筆「四季花鳥図屏風」(二曲一双)「右隻」(春・夏)京都国立博物館蔵 

四季花鳥図・京都・右隻.jpg

酒井抱一筆「四季花鳥図屏風」(二曲一双)「左隻」(秋・冬)京都国立博物館蔵 

四季花鳥図・京都・左隻.jpg


http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/387145

【 四季花鳥図屏風(酒井抱一筆)二曲一双 紙本着色 一五六・〇×一六一・八(各隻)
落款「抱一暉真筆」(各隻)印章「文詮」(朱文円印)(各隻)「文詮」朱文瓢印(各隻) 
 「江戸琳派」の推進者であった酒井抱一と弟子其一との関係は、ちょうど蕪村と呉春、応挙と芦雪、春章と北斎のそれとよく似ているように思われる。師の一種の”貴族”的抑制感覚に対する、弟子における”職人”的技巧の露出趣味である。
 そのなかでも抱一の場合は、その出自からいっても文字どおり”上流”階級の出自であった。抱一の絵画に対する興味の深さにもかかわらず、彼の作品を貫いているのは、彼の意識するとしないとにかかわらず、「殿様芸」であることに外ならない。東京国立博物館蔵「夏秋草図」屏風や旭光学蔵「秋草図」屏風などの水準が、常に維持されたとはいい難い。
 四季の花鳥を二曲一双の画面に描き分けた本屏風の表現は、見ても分かるようにやや硬いというべきであろう。にもかかわらず、その構図感覚は十九世紀前半の江戸画壇にあって出色というが妥当で、琳派の再生とはいいながら四条派の表現感覚を潜かに取り入れた抱一画の標準作と考えてよい。  】(『琳派一・花鳥一(紫紅社刊)』所収「作品解説(狩野博幸稿)」)

 上記の「作品解説」中の、「抱一の絵画に対する興味の深さにもかかわらず、彼の作品を貫いているのは、彼の意識するとしないとにかかわらず、『殿様芸』であることに外ならない」という指摘は、抱一絵画の核心をついている感じでなくもない。
 抱一は、姫路十五万石の譜代大名、酒井雅樂頭家の出自で、その武家の身分を捨て出家して僧籍のまま一介の市井の絵師に身を置いても、酒井家の禄を育んでいる殿様絵師(「千石五十人扶持」=大名の縁戚に連なる地位を維持する石高=年収「千万円」単位より「億円」単位に近い?)で、そのものずばり「殿様芸」(閑と金にゆとりがある殿様の身分の人が描いている絵画)という面では、見事に核心をついている。
 しかし、抱一のその「殿様芸」は、一般的な「殿様芸」(素人芸・慰みにする芸・旦那芸)などの絵画ではなく、「『玄人芸(超一流の専門絵師)』・『琳派・俳画・仏画・中国画・文人画・大和絵・風俗画・浮世絵・節句画・花鳥画・円山四条派・土佐派などあらゆるジャンルに精通している稀有の絵師』・『旦那芸などではなく門人を育て<抱一工房>として注文主の意向に適格に対処する絵所(工房)の主宰者としての統率力』など、それら面では、どうにも「殿様芸」という言葉を当てはめることは、やや無理筋ということになろう。

 上記の「作品解説」の中で、「四季の花鳥を二曲一双の画面に描き分けた本屏風の表現は、見ても分かるようにやや硬いというべきであろう」という指摘については、これは、上記の
「旦那芸などではなく門人を育て<抱一工房>として注文主の意向に適格に対処する統率者としての絵師の力量」に関連して、「抱一風(様式)の先鞭的な抱一作品(抱一個人色の強い作品)」か「その先鞭的抱一作品の亜流的作品(抱一工房色の強い作品)」との、その「抱一風(様式)のオリジナル性」との度合いによる「やや硬い」という、その「濃さの度合い」の問題と解したい。

 その上で、この「作品解説」の冒頭の「『江戸琳派』の推進者であった酒井抱一と弟子其一との関係は、ちょうど蕪村と呉春、応挙と芦雪、春章と北斎のそれとよく似ているように思われる。師の一種の”貴族”的抑制感覚に対する、弟子における”職人”的技巧の露出趣味である」ということは、抱一のこの種の作品については、「抱一の用人(付人)でもある弟子(助手)其一の手が加わっており、その両者の関係は、抱一の『”貴族”的抑制感覚』と其一の『”職人”的技巧の露出趣味』との絶妙な融合(コンビネーション)に因るというようなことを意味しているのかも知れない。

 ここで、この「”貴族”的抑制感覚」というのは、京都(平安時代)の「”公家貴族的抑制感覚」というよりも、江戸(徳川時代)の「”武家”貴族的抑制感覚」ということで、こと抱一の「”公家貴族的抑制感覚」というのは、抱一と極めて近い大名茶人の「松平不昧(公)」(越前松平家宗家七代目藩主)師筋に当たる大名茶人の元祖「小堀遠州(公)」(備中松山藩第二代藩主のち近江小室藩初代藩主)の、その茶道(遠州流茶道)の中核を為す「綺麗(きれい)さび」こそ、その抱一の「”武家”貴族的抑制感覚」の正体と解したい。

 この「綺麗さび」については、『原色茶道大辞典』(淡交社刊)や『建築大辞典』(彰国社刊)などの、主として「茶道の世界」や「建築・造園の世界」で使われる特殊用語扱いで、『日本国語大辞典』(小学館刊)にも、その項目はなく、まだ一般的には通用しない用語なのかも知れないが、次のアドレスの「ジャッパンナレッジ」のものが詳しい。

https://japanknowledge.com/articles/kotobajapan/entry.html?entryid=3231

(上記の解説)

【「きれい(綺麗)さび」とは、江戸初期の武家で、遠州流茶道の開祖である小堀遠州が形づくった、美的概念を示すことばである。小堀遠州は、日本の茶道の大成者である千利休の死後、利休の弟子として名人になった古田織部(おりべ)に師事した。そして、利休と織部のそれぞれの流儀を取捨選択しながら、自分らしい「遠州ごのみ=きれいさび」をつくりだしていった。今日において「きれいさび」は、遠州流茶道の神髄を表す名称になっている。
 では、「きれいさび」とはどのような美なのだろう。『原色茶道大辞典』(淡交社刊)では、「華やかなうちにも寂びのある風情。また寂びの理念の華麗な局面をいう」としている。『建築大辞典』(彰国社刊)を紐解いてみると、もう少し具体的でわかりやすい。「きれいさび」と「ひめさび」という用語を関連づけたうえで、その意味を、「茶道において尊重された美しさの一。普通の寂びと異なり、古色を帯びて趣はあるけれど、それよりも幾らか綺麗で華やかな美しさ」と説明している。
 「さび」ということばは「わび(侘び)」とともに、日本で生まれた和語である。「寂しい」の意味に象徴されるように、本来は、なにかが足りないという意味を含んでいる。それが日本の古い文学の世界において、不完全な状態に価値を見いだそうとする美意識へと変化した。そして、このことばは茶の湯というかたちをとり、「わび茶」として完成されたのである。小堀遠州の求めた「きれいさび」の世界は、織部の「わび」よりも、明るく研ぎ澄まされた感じのする、落ち着いた美しさであり、現代人にとっても理解しやすいものではないだろうか。
 このことば、驚くことに大正期以降に「遠州ごのみ」の代わりとして使われるようになった、比較的新しいことばである。一般に知られるようになるには、大正から昭和にかけたモダニズム全盛期に活躍した、そうそうたる顔ぶれの芸術家が筆をふるったという。茶室設計の第一人者・江守奈比古(えもり・なひこ)や茶道・華道研究家の西堀一三(いちぞう)、建築史家の藤島亥治郎(がいじろう)、作庭家の重森三玲(しげもり・みれい)などが尽力し、小堀遠州の世界を表すことばとなったのである。 】

 「綺麗」という用語は漢語で、その「綺」とは「綾・綾絹」の「上品・品格」のあるものを表している。そして、「麗」とは「形がととのって美しい」ものを表す用語である。一方、「さび」という用語は和語で、「日本の美意識の一つの『わび・さび(侘・寂)』の「さび」で、一般的に質素で静かなものを表す」が、「連歌・俳諧、特に、蕉風俳諧で重んじられた理念で、中世の幽玄・わびの美意識にたち、もの静かで落ち着いた奥ゆかしい風情が、洗練されて自然と外ににおい出たもの。閑寂さが芸術化された句の情調」などの意に用いられる。
 
 これらのことを、抱一の絵画の世界に当てはめると、この「綺麗さび」の「綺麗」は、抱一絵画が有する「絵画性・造形性」、そして、この「さび」は、抱一絵画が有する「文芸性・俳諧性」と捉えることが出来ないであろうか。
 具体的に、今回取り上げている「四季花鳥図屏風」(京都国立博物館蔵)を、「綺麗さび」の「綺麗」(絵画性・造形性)という視点と「さび」(文芸性・俳諧性)という視点で鑑賞していくと、次のようなことが浮き彫りになってくる。

一 四季(春・夏・秋・冬)の花鳥を、二曲一双の両隻(右隻=春・夏、左隻=秋・冬)に配置するということは、抱一特有の「綺麗さび」が、この構成配置から顕著に表れているとは思えない。これらのことは、上記「作品解説」中の「琳派の再生とはいいながら四条派の表現感覚を潜に取り入れていた抱一画の標準作と考えてよい」との指摘のとおり、抱一が樹立した画風(琳派=装飾性+四条派=写実性など)の標準的な世界(既に抱一画房に於いて様式化された世界)ということになろう。

二 これらを個々に見ていくと、右隻第一扇の「白梅と鶯」、右隻第二扇の「燕子花と水鶏」、
左隻第一扇の「尾花他秋草と月」、左隻第二扇の「雪・藪柑子と寒雀」などの取り合わせは、これまでに見て来た、抱一の「四季花鳥図屏風」(陽明文庫蔵)や「四季花鳥図巻」(東京国立博物館蔵)などで、既に様式化(意匠化・マニュアル化)されたものと解したい。

三 その上で、あらためて、上記「作品解説」中の、「師の一種の”貴族”的抑制感覚に対する、弟子における”職人”的技巧の露出趣味である」ということは、これをストレートに解すると、「師(抱一)の一種の”貴族”的抑制感覚(「綺麗さび」の感覚)に対する、弟子(其一)における”職人”的技巧の露出趣味(其一の「職人絵師的技巧を凝らした」=抱一の「綺麗さび」の「綺麗=絵画性・造形性)」の「露出気味」の作品である」と解することも、決して飛躍したものではなかろう。

四 として、上記の「作品解説」で触れていないこととして、上記の右隻(第一・二扇)の右(春)から左(夏)へ「金泥の水流(水紋)」、その左隻(第一扇)の「月」に掛かる「雲の文様」と化し、その第一扇から第二扇にかけての地上の「水紋」が、「寒雀」と組み合わさって「雲の文様」と化しているところに、抱一流の「綺麗さび」の「さび」(「文芸性・俳諧性=趣向)の一端が窺えるように思われる。



花鳥図巻冬三拡大.jpg

酒井抱一筆『四季花鳥図巻(下=秋冬)』「冬(三)・拡大図」東京国立博物館蔵

https://yahan.blog.so-net.ne.jp/2019-06-11  

これは、先に紹介した「四季花鳥図巻」の「雪を被った白梅と鶯」図の拡大したものである。これと、今回の冒頭の右隻(第一扇)の「白梅と鶯」図を比較すると、上記の「作品解説」中の「やや硬い」ということ、即ち、抱一の「綺麗さび」の「綺麗」(絵画性・造形性)のみが目立っている印象は拭えない。



四季花鳥図巻・蟻.jpg

酒井抱一筆『四季花鳥図巻(下=秋冬)』「秋(五)・拡大図」東京国立博物館蔵

https://yahan.blog.so-net.ne.jp/2019-06-04

 これも、先に紹介した「四季花鳥図巻」の、「女郎花(枯)の茎に止まっている塵のような小さな『蟻』」の図である。こ「の「女郎花」は、冒頭の左隻の左の中央に描かれているが、その茎には、この「蟻」は描かれていない。この見えないような小さい蟻を描くというのは、いわゆる「師の一種の”貴族”的抑制感覚の『遊び』の世界」のもので、「抱一画房」に於いては、抱一だけが許される特権のようなものであろう。この種の抱一の「さび」(洒落・粋に通ずる)遊びの世界が、今回の「四季花鳥図屏風」(京都国立博物館蔵)には見られない。

七 この「四季花鳥図屏風」の左隻(第二扇)の白い一羽の白鷺は、その下部に描かれている藪柑子を覆っている土坡の白い雪に対応する「綺麗」(絵画性・造形性)を強調するもので、例えば、「四季花鳥図屏風」(陽明文庫蔵)の白い二羽の白鷺(地上の白鷺と空中の白鷺)に比すると、ここにも抱一流の「さび」(俳諧性・自在性・対話性)などが希薄という印象が拭えないのである。

八 しかし、この「四季花鳥図」(二曲一双)は、全体として、「綺麗さび」(狩野派のような「重々しい」ものではなく、また、尾形光琳風の「デフォルメの度合いの強い破格風」のものではなく、「美しい・汚れがない・品のよさ(品格・気品・清浄)・粋(洗練・都市性)・艶(上品な艶やかさ)・バランスのよさ(調和性)」などの「綺麗さび」)、いわゆる抱一流の「綺麗さび」の世界であることは、繰り返すことになるが、その典型的な作品の一つと解したい。
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